2018/06/08

SEKAI NO OWARIからの学び

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ウエイクアップの斎藤豊です。

会社員時代に、衝撃的な出来事がありました。
当時の部門では毎週月曜日のみチームメンバーが顔を合わせ、他の日は全員全国に散らばって活動をしていました。

チームで共に過ごす時間が減り、一体感も無くなってきたので「みんなで毎週同じ本を読んで、学びとか感想を共有しない?」と提案し、早速始めました。

この企画、なかなか楽しく好評でもあったのですが、その感想を聞いていた上司が一言。

「お前達、同じ本を読んでいるのに、何で同じ感想を言わないんだ!!」

一同ぽかーんです。。。
「は?、何それ?」
「同じ感想言ったら、逆に気持ち悪くね?」
「ってか、同じ感想言う状態だったら、1人いればいいんじゃね?」

話は変わりますが、先日セカオワ(SEKAI NO
OWARI)のコンサートに行って来ました。紅白歌合戦でお馴染みの彼らですが、圧倒的に若いファン層が多く、ちょっと気恥ずかしい父兄気分でした。

彼らの音楽は素晴らしく、独特で不思議な世界観と音楽センスに心を奪われます。そしてここ最近、自分の中で流行っている曲と歌詞があります。

曲名:Dragon Night
作詞:Fukase
歌詞(一部抜粋)
『人はそれぞれ「正義」があって、争い合うのは仕方ないのかも知れない
だけど僕の嫌いな「彼」も彼なりの理由があると思うんだ』

セカオワのボーカルで上記作詞のFukase氏は、特異かつ辛い経験や病気をしており、それが様々な歌詞に感じられます。この歌詞からは、酷い仕打ちを受けた相手にさえ、相手には相手の正義があったんだ、と達観していることが分かります。

日常、コミュニケーション無しには過ごせません。

冒頭の例のように言われたことに対して「は!?」と思ったり、部下や同僚とのやり取りで「なんでそうなるわけ?!」と思ったり、上司からの指示に「まじあり得ないんだけど」と嘆いたり、コンビニやレストランで「なんだよあの対応!」と憤ったりすること、ありますよね。
(※ あくまでも例です・笑)

でも、『人はそれぞれ「正義」があって』『彼なりの理由がある』んですよね。

自分が正しいように、人もそれぞれ正しい。

冒頭の元上司は「金太郎飴のように人材を育成する(何を聞かれても同じ事を答えるよう育成していく」」という正義の元に接してくれていたのでした。一方で僕の正義は「多様性こそが持続的社会では大事」だったのだと思います。

相手を受け止める・受け入れることはなかなか身に付けるのが難しい筋力ではありますが、特に部下を抱える方達にとっては非常に有効な筋力なのではないでしょうか。ご参考までにですが、弊社の提供するシステムコーチング(R)ではこの辺りのことも学べます。関心のある方はお問い合わせください。

当時はぽかーんとなりつつも、こうしてブログのネタをくれた出来事に感謝です(笑)

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